青りんごと皿

いつでも初心で居よう

【楽曲考察】WaLL FloWeRの世界

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「歌詞の意味がよく分からないけどかっこいい」

ミセスの曲を聴いていると、稀にこういう状況に陥る。
そこをどうにかして理解し、こうしてブログに落とし込んでいる訳だが、歌詞を理解すれば理解するほど大森元貴の描く世界観の奥深さに圧倒される。
ましてやこの曲、WaLL FloWeRなんかはその極致だ。


まずはこれを聴いて頂きたい。このブログの為に上げた動画だ。



わずか1分。1分でここまで世界観に惹き込まれるって、相当凄いことじゃなかろうか。それも、歌詞をまだ完璧には理解できていないはずだ。それなのに、心の底からふつふつと沸き上がってくるこの感情は何なのだろう。


実はこの曲、モデルとなった映画がある。2014年に公開された「ウォールフラワー」という洋画だ。大森はこれに感銘を受け、この曲を作ったらしい。歌詞にもその断片が散りばめられている。それも踏まえて考察していこう。


タイトルの謎

この曲やStaRtなど、ミセスには大文字小文字が混合された曲がよくある。
大森本人が明言を避けているので何とも言えないが、僕は小文字に「隠されたキーワード」があると思うのだ。


例えばこの曲だと“a”と“loe”。
a loeで“恋人”、そしてaloeの花言葉“苦痛” “悲嘆”だ。

そして、ウォールフラワーは直訳すると壁の花
これは、ダンスパーティーで一緒に踊ってくれる相手がおらず、独りぼっちな事から、“孤独”という意味の言葉だ。

さらに、wallflowerという花があり、日本ではニオイアラセイトウと呼ばれている。
こちらの花言葉“愛情の絆” “逆境にも変わらない愛”
ニオイアラセイトウの学名のErysimumは、ギリシャ語で“救う”の意を持つeryomaiが語源になっているという。

いかがだろうか。一部こじつけ感もあるが、ダブルミーニングどころの騒ぎではない。
今までタイトルだけでここまで掘り下げられる曲があっただろうか。


余談だが、ウォールフラワーという映画では、主人公には恋人がいるが他の女の子に片想いしており、仲のいい友達グループで集まった時「この集まりで一番可愛い女の子にキスをする」ゲームで恋人ではなく片想いの女の子を選んでしまい、恋人を怒らせグループから外されて独りぼっちになる
という描写がある。これも先程上げた“恋人”や、歌詞の〈愛しても無駄なのに 愛してる私が居る〉に繫がってくるのではないだろうか。





sp.uta-net.com

タイトルの謎が解けた所で、今度は歌詞だ。難解過ぎるので、少しずつ紐解いて行こう。

傷は癒え 明日に期待をしてみても
生まれ持った 呪いがさ
解けてしまったら 私じゃないから

人は皆 個々に運命に寄り添って
生きて行かなきゃいけないと
悟るは哀し あの子は壁の花

ここでいう“傷”は「日々と君」で切り裂かれた心の傷とも読み取れる。
映画では、主人公が幼少期に性的暴行を受けた過去がある。生まれ持った呪いとは言い難いが、主人公は孤独な少年。確かに壁の花だろう。

混沌とした世の中で生きて行くんだ
汚れた人間さ これ以上は御免だ

思春期特有の“葛藤”が伺える。
〈これ以上は御免だ〉とは、紛れもなく自殺の事。これから先も背負っていく重荷に耐え切れず、死を決意する描写だろう。

素晴らしいと思える様に
醜いと思ってみよう

“私”がどうなったかはあえて書かず、ここで恐らく世界にフォーカスが向けられている。
この歌詞は一見、言っている意味がさっぱり分からない。なぜ素晴らしいと思いたいのに逆の事を考えるの?

このままだと分かりにくいので、例を一つ挙げよう。


例えば、全人類が非の打ち所のない美男美女だったとしよう。でも、そうしたら全人類は皆美男美女だろうか。僕はそうは思わない。きっと皆「平凡な顔立ち」で片付けられるだろう。だって全員同じレベルの顔立ちなのだから。
ブスがいるから綺麗な顔の人が引き立つのだ。ブスを誇れ。そしてブスを崇めろ美男美女。


おわかりいただけただろうか。
光があるから闇があり、正義があるから悪があるのだ。双方が無ければ成立しない概念なのである。
だからここでは世界を醜いと思うことで、素晴らしさに気付けるよう訴えかけている。


普段こんなことを考えたことが無かった筆者にとっては軽く衝撃だった。これは哲学における二律背反(アンチノミー)に基づく考え方なのではないだろうか。WaLL FloWeRや道徳と皿のような“概念”を歌った曲(大森曰く「概念ソング」)には哲学や倫理学といったものが密接に関係してくる。気になる方はそちらもチェックしてほしい。

いつか来世に残る花が咲き
崩れぬ様に

ここでいう“花”とは人間のことだろう。素晴らしさに気付けずに、これから先も生きていくはずの命が消えてしまわぬ様に。

その「価値」が 決して全てではないのだ
生まれて来た 答えがさ
最初から決まっているんなら

人は皆 悲しむ必要なんてない
僅かな光なんかが
腹を空かし喚く 原因なんじゃない?

1番の歌詞との対比になっている。
貴方の持つ価値観が全てじゃないんだ。僕らが生まれてきた意味が最初から決まってるのならば。
人々は本当は悲しまなくていい。希望を持ってしまうから、絶望してしまうんじゃないか?


ここの歌詞も哲学的だ。希望があるから絶望がある。そう、『明日に希望を持つ者だけに絶望があるんだ』。
大森元貴は学生時代にRADWIMPSをよく聴いていたので、その影響も垣間見える。『絶体絶命』というアルバムの世界観と初期のミセスの世界観はよく似ている。特に『億万笑者』はこの曲とかなり似ていると思う。

大した差のない観念なんかが武器となるんだ
わかっているんだ「まだわかっていないんだろう」

ここも哲学。恐らく形而上学だろう。物事を本質から理解しているのと、表面だけを見てわかった気になっているのとでは結構変わってくる、ということだろう。

愛しても無駄なのに
愛してる私が居る
その心だけは唯一 花を枯らすのは防ぐ
明日世界が途端に終わってしまうなら
人は大切なものに気づくんだろうな

CONFLICTの記事でも少し触れたが、人は考えることを止めると駄目になってしまう。愛することだって同じだ。何も愛せなくなったらそれこそ終わりだろう。
つまり、ここで言う“大切なもの”とは恐らく“愛”のことだ。
大切なものは失ってからしか気付けない。

素晴らしいと思える様に
醜さに気づいてみよう
悲しさとは笑顔が在るからだと
愛しても無駄なのに
光を追う私が居る
綺麗と信じる そのものが美しいんだと

笑顔があるから悲しさがある。「悲しい」という感情が無ければ、「楽しい」という感情をここまで尊く感じる事も無かったのでは無いだろうか。だから、全ての感情が愛おしく思えるのだ。


人によって価値観は違う。例えばこの世界に絶望しきっていたとしたら、全てのものが憎く、汚く感じてしまうだろう。
何かを見て「綺麗だ」と思えるのは、貴方の心が綺麗だからなのだ。綺麗と思うこと自体が美しいのだ。

実は汚れ腐った此の地
人もなにもかも全部
どうか温かいモノを忘れないように生きて

醜いと思うからこそ素晴らしいものに気付ける。きっと貴方にもあるはずだ。かけがえのないもの。それを忘れず生きること。

壁の花は いつか報われるべきだ
世界は貴方の手に拠り 生きて居る

仮に自分が生きていなかったとしたら、この世界を認識することも無い訳で、世界も無いに等しい。けれど、今僕らが生きているから、世界が此処に在るのだと判る。


つまり、世界=自分と言っても過言ではないのだ。ここで歌詞を振り返ってみよう。

明日世界が途方に暮れてしまっても
壁の花には気付きもしないんだろうな

明日もし私が途方に暮れていても、誰も助けてくれる人なんて居ないんでしょう?
だからこんな報われない世界を素晴らしいと思えるよう、醜いと吐き捨ててみよう。
そう言っている様にも取れる。

明日世界が途端に終わってしまうなら
人は大切なものに気づくんだろうな

明日私が途端に自殺を試みたら、今まで私に接していた人は、自分の犯した過ち、そして今まで蔑ろにしてきた愛情に気付くのではないか。


ここで“私”は現世に失望し死を決意するが、もう一度思い直す。


こんな世界を素晴らしいと思えるように醜さに気づいてみよう。今ある悲しさはいずれ来る楽しさ、笑顔の為の“必要犠牲”なのだと。


そして何より、“温かいモノを忘れないこと。”

壁の花は いつか報われるべきだ
世界は貴方の手に拠り 生きて居る

孤独はいつか報われるべきだ。
私は“貴方”のおかげで生きているのだから。


人間は、生まれてから死ぬまでずっと独りでは生きられない生き物だ。逆に言えば、誰か一人でも、寄り添ってくれる大切な人が居れば、それだけで強くなれる。


この世は非情で、独りだとまず報われない。
けれど、この曲を聴いた誰かが壁の花に手を差し伸べることが出来たなら、きっと「世界」は変わるのではないだろうか。貴方の世界も、相手の世界も。


そう。「世界」は誰でもなく、「貴方」の手に拠り生きているのだから。






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あとがき

実際こういう考察記事書いてみて、昔自分がしてた解釈と結構違う所があって色々とためになりました。きっとどっちの解釈も正しいんだろうけど。


実はこのWaLL FloWeRという曲、歌詞に抽象的な表現をあえて多く使っていて、リスナーに委ねている部分があるらしいです。

特定の事を決めつけずに、その人がこの作品を聴いて感じた事が全てだと思うので、聴く人の心情や生き方によって聴こえ方が変わる作品になれば良いなと思います。

by大森元貴

…ま、まあこれは考察だからいいよね?決めつけじゃないし!(考察一通り書いた後にこの記事見て動揺中)


でも、音楽って不思議で、同じ曲でも、その時の感情とかシチュエーションで随分変わってきますよね。以前は全然心に響かなかったのに、ある日聴いてみたらうるっと来てしまったりとか。

ミセスもそういう作品を作りたくてこういう曲を作ったんでしょうね。実際そうなってる。誰が何と言おうとProgressiveは名盤。


「歌詞の意味がよく分からないけどかっこいい」は、こういう所から来てたんでしょうね。
それにしても、曲を解剖していく内に気づかされる事が沢山ありすぎて驚きました。書き進める度に
〈世界は貴方の手に拠り 生きて居る〉
インパクトが自分の中で大きくなっていって…
きっと道徳と皿はこの衝撃を超えてくるんだろうなあ…(遠い目)

ちなみに道徳と皿の考察を予告しておくと、Varietyのジャケットが大きな鍵となってきます…
皿が何を指し、果実が何を指すのか。そして「彩り」がキーワードになってきます。あとミニアルバム3部作共通のコンセプトの「無常観」もかなり関わってきますね。

ただ、考察するのが少し悲しくもあるんですよね…
何故かと言うとですね、考察するにあたって、曲をめちゃくちゃ聴くじゃないですか。めちゃくちゃ飽きるんですよ。二年前はどんだけ聴いても飽きなかったのに…
だから、今までみたいな新鮮な気持ちで曲が聴けなくなるんですよね…(実際壁の花は飽きた)


まあ、何はともあれようやくProgressiveの考察が終わりました…次はVarietyにしようかIntroductionにしようか…
Progressive一枚通して短めのディスクレビューなんかも書きたかったりしてます。そうじゃないとこの作品の本質が伝わらない気がして。


「ロワジールまでに全曲考察終わらせる!!」って意気込んでブログ始めたんですけど、この調子で行くとTWELVEすら終わらない気がする…多分途中からアルバム順とかじゃなくて書きたい曲からやってく可能性が高いので、その時は温かい目で見てやって下さい。


それでは。